「ついている。」

こんばんわ。Dです。

 

突然ですが、

 

私はついています。

 

それは、

 

「運」と「霊」

 

そのどちらもだと思います。

 

・・・。

 

決してアブナイ人ではないので、ご安心ください・・・。

 

 

 

ある日、こんな記事を見つけました。

 

netgeek.biz

 

そうです。

 

これ、私の生まれ年なんです。

 

(あまり個人情報を書き込む事はいけないのでしょうが、これだけは書きたいので仕方なしでしょう。)

 

 

 

記事を見ていただければわかるのですが、

 

18卒(1995年生まれ)の人生

 

誕生→阪神淡路大震災・オウムサリン事件

幼稚園卒園→9.11

小学校入学→ゆとり開始

中学入学→リーマンショック

中学卒業→3.11

高校卒業→ゆとり終了(この世代だけ12年フルゆとり)

大学入学→増税

就職→イギリスEU離脱で氷河期。

 

・・・。

 

ひどい。ひどすぎる。

 

 

 

確かに思い返してみると、

 

何かしら大きな事件が受験の度に起こっていたような。

 

そんな気がします。

 

「ついていない。」

 

・・・。

 

いえ、

 

「私はついている。」んです。

 

 

 

確かに私は魔の18卒かもしれません。

 

しかし、

 

私個人としてみれば、

 

こんな環境に恵まれた人間がいないだろう。

 

と自信を持って言えます。

 

 

 

大学受験失敗しました。

 

しかし、滑り止めの大学に入学して、

 

そこでしか経験し得ない経験と

 

友人をいっぱい手に入れました。

 

無事希望の会社から内定もいただけました。

 

 

 

そして、何より、

 

この歳になってわかる事。

 

それは良い親を持ったという事。

 

恵まれている人生だとこの歳になって初めて感じました。(だいぶ遅い)

 

 

 

つまり、

 

たしかに1995年生まれは運が悪く、災難に見舞われやすい代なのかもしれませんが、

 

逆に日常における運の強さは天下一なんだと思います。 

 

 

 

私の好きな古畑任三郎警部補はこうおっしゃっています。

 

「人生、プラスマイナス0でできているんだよ。」

 

マイナスが大きい分、プラスも大きいんです。

 

 

 

さて、急に話が変わりますが、

 

私は去年、祖父を亡くしました。

 

それは決して事故ではなく、天寿を全うされて亡くなりました。

 

私は小さい頃から祖父に非常に可愛がられて、目をかけていただきました。

 

そんな祖父が突然亡くなってしまった事。

 

本当に悲しくて悲しくてたまりませんでした。

 

 

 

祖父が亡くなってから、

 

私は就職活動という大きな壁が立ちはだかりました。

 

無論、いろんな方々の支えがあって成功したのですが、

 

私は絶対に、

 

「おじいちゃんが背後霊として見守ってくれていた。」

 

そう思います。

 

だから、私はうまくいったんだと。

 

 

 

期待に沿えたかわかりませんが、

 

これからも1995年生まれとして、精一杯生きていきたいと思った1年でした。

 

おじいちゃん、ありがとう。

 

 

 

「私はついている。」

 

 

 

D